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フィリピンの国旗と似てる国は?歴史や意味を徹底解説

フィリピン国旗の画像と、意匠に宿る独立の血と魂というタイトルが書かれたスライド

オリンピックなどの国際的なスポーツ大会やニュース番組の映像を見ているとき、ふと、フィリピンの国旗と似てる国があるなと感じたことはありませんか。

白、青、赤の鮮やかな三色使いに、旗竿側の白い三角形、そしてその中に配置された黄金の太陽と星。

この特徴的なデザインは、実はキューバやチェコ、プエルトリコといった国々の旗と視覚的に共通する部分が多いんですよね。私自身も、パッと見ただけではどっちかなと迷ってしまうことがありました。

こうした視覚的な類似性の裏側には、単なる幾何学的な偶然だけでなく、スペインからの独立を目指した過酷な歴史や、同じ時代を戦った同志たちとの深い連帯が隠されています。

この記事では、初代大統領エミリオ・アギナルドが込めた太陽や星の意味、そして世界でも類を見ない上下逆さまに掲揚する戦時ルールまで、そのデザインに秘められた全容を詳しく解説します。

記事のポイント

  • フィリピンとキューバの国旗がなぜこれほどまでに似ているのかという歴史的理由
  • チェコやプエルトリコの国旗との共通点やデザイン上の違い
  • 太陽の光条や3つの星、そして青と赤の色彩に込められた深い意味
  • 世界でも珍しい戦時中に上下を逆にするという独自のルールとその背景

フィリピンの国旗と似てる他国のデザインや歴史的背景

フィリピンの国旗を目にした際に「既視感」を覚えるのは、私たちが日常的に触れる世界の国旗の中に、似たパーツを持つものがいくつか存在するからです。

ここでは、なぜそれらの国々と似ているのか、その歴史的必然性やデザインの偶然性について、じっくりと掘り下げていきたいと思います。

キューバとの連帯が生んだ共通のデザイン

フィリピンの国旗が似てる国として、まず挙げなければならないのがカリブ海の島国「キューバ」です。

両国の旗を並べてみると、旗竿側に正三角形を配置し、そこから数本の帯が伸びるという構図が驚くほど一致しています。実はこれ、19世紀末に両国が置かれていた「スペインの植民地」という共通の立場が深く関係しているんです。

当時、フィリピンとキューバはスペイン帝国からの独立を勝ち取るために激しい革命運動を展開していました。フィリピンの独立運動家たちは、先行して展開されていたキューバの独立闘争の理念に強く共感し、自分たちの旗を作る際にもその意匠を参考にしました。

具体的には、三角形の配置や星の使い方など、キューバの旗が持つ「自由への渇望」というメッセージを視覚的に取り入れることで、共通の敵に立ち向かう同志としての連帯を示したんですね。

1898年にフィリピンが独立を宣言した際、このデザインが選ばれた背景には、世界の独立運動のうねりの中で自国を位置づけようとした先人たちの外交的・政治的な意図が込められていたと言えます。

ちなみに、キューバの旗は青と白のストライプが5本ありますが、フィリピンは青と赤の2分割という違いがあります。しかし、遠目に見ればそのシルエットは瓜二つ。

遠く離れたアジアとカリブ海の国が、旗を通じて繋がっていたなんて、なんだかロマンを感じますよね。

キューバ国旗との共通点(独立の連帯)とチェコ国旗との共通点(幾何学的な偶然)を説明する図解スライド

チェコと偶然一致した配色と幾何学的な構成

一方で、歴史的なつながりが全くないにもかかわらず、視覚的にフィリピンの国旗と似てると混同されやすいのが「チェコ共和国」です。

白と赤の横二分割に、左側から青い三角形が食い込むようなデザインは、フィリピン国旗の構成要素と見事に重なります。しかし、こちらはキューバの場合とは異なり、「偶然の一致」とされています。

チェコの旗における「白・赤・青」は、スラブ民族の伝統色(汎スラブ色)や、ボヘミア、モラビア、スロバキアといった各地域の象徴に基づいています。

一方のフィリピンでは、後ほど詳しくお話しするように、青は平和、赤は勇気を意味しています。全く異なるルーツを持つ二つの国が、限られた「色」と「図形」というパズルを組み合わせた結果、たまたま似たような形に行き着いたという完全な偶然なんです。

フィリピンとチェコの比較表

国名三角形の色主な意味合い
フィリピン白(正三角形)平等、友愛、カティプナン革命の象徴
チェコ青(楔形)スロバキア地方、空、清廉

プエルトリコとの歴史的類似とボリクア旗の誕生

フィリピンの国旗と似てる例として、もう一つ重要なのが「プエルトリコ」です。プエルトリコの旗はキューバの旗の配色を反転させたもので、フィリピンとも歴史的な背景を共有しています。

プエルトリコも1898年の米西戦争を経てスペインからアメリカの統治下へと移った経緯があり、フィリピンとはいわば「同じ運命を辿った兄弟」のような関係にあるからです。

最近では、この共通のルーツを誇りに思う人たちの間で、両国のデザインをミックスした「ボリクア・フィリピン旗」というものも作られているそうです。

国家のシンボルとしての枠を超えて、自分のルーツを表現するファッションのような感覚で親しまれているのは、現代ならではの面白い現象だなと思います。

ちなみに、プエルトリコは現在アメリカの自治領ですが、その歴史的背景を詳しく知ると、フィリピンが辿った米比戦争の時期の苦難とも重なる部分が多く、非常に興味深いですよ。

太陽の8つの光条が称える独立革命の8州

フィリピン国旗の最も象徴的なパーツである、中央の黄金の太陽。この太陽から放射状に伸びる「8本の光(光条)」には、独立のために命を懸けた先祖たちの魂が宿っています。

この「8」という数字は、適当に決められたものではなく、1896年にスペインの圧政に対して最初に武器を取り、独立戦争の火蓋を切った8つの州を称えるためのものです。

その8州とは、マニラ、カヴィテ、ブラカン、パンパンガ、ヌエヴァ・エシハ、タルラック、ラグナ、バタンガスです。当時のフィリピンは、スペインの強力な軍事力に支配されていましたが、これらの地域の人々が「自分たちの国を取り戻す」という強い信念のもとに立ち上がりました。

太陽のデザインは、暗闇を照らす希望であると同時に、彼らの勇敢な行動を永遠に忘れないための顕彰碑でもあるわけですね。

黄金の太陽の8本の光条が、マニラやカヴィテなど1896年に立ち上がった8つの州を象徴していることを示すスライド

太陽が象徴する精神

  • 自由への渇望と、それまでの植民地支配という闇の終わり
  • 正義と平和、そして国民の結束
  • 将来に向けた明るい発展への期待

こうして見ると、デザインの一つ一つに非常に具体的な歴史的エピソードが紐付けられていることが分かります。

単なる「太陽の絵」ではなく、そこには特定の州、特定の戦い、そして特定の情熱が刻み込まれている。これこそが、フィリピン国旗が国民から絶大な敬意を払われる理由なのかなと思います。

3つの星の意味が象徴する主要地域の統合

太陽を囲むように配置された3つの五芒星。これらはフィリピンの広大な領土を構成する3つの主要な地域を象徴しています。具体的には、北部の「ルソン島」、中部の「ヴィサヤ諸島」、そして南部の「ミンダナオ島」を指しています。

フィリピンは7,000以上の島々からなる多島海国家です。そのため、地域ごとに異なる言語や文化が発達しており、それらを一つの「国民国家」として統合することは、建国当時にとって最大の課題でもありました。

この3つの星は、海によって隔てられていても、私たちは一つの太陽(国家)の下にある平等な仲間なのだ、という「国家統合」の強い意志を視覚的に表現しているのです。

元々はヴィサヤの代わりにパナイ島を指していたという説もありますが、現在ではルソン・ヴィサヤ・ミンダナオの三位一体こそが公式な解釈です。この「3」という数字は、フィリピンという国の形そのものを定義する極めて重要な数字なんですね。

3つの星がルソン島、ヴィサヤ諸島、ミンダナオ島の3主要地域を象徴し、国家統合の意志を示していることを説明するスライド

フィリピンの国旗と似てる意匠の意味や掲揚ルール

デザインの由来を理解したところで、次はフィリピン国旗が持つ「世界で唯一無二の掲揚ルール」や、その神聖さを守るための歴史的な受難についてお話しします。これを知ると、フィリピンという国がどれほど国旗を重んじているかがより深く理解できるはずです。

戦時に上下逆さまで掲揚される世界的に稀なルール

フィリピン国旗の最大の特徴は、何と言っても「国の状態によって上下を入れ替える」という点にあります。

通常、平和な時(平時)は青い帯が上にくるように掲揚されますが、国家が戦争状態に突入すると、赤い帯が上になるように逆さまにして掲げることが法律(共和国法第8491号)で厳格に定められています。

青は「平和、真実、正義」を象徴し、赤は「愛国心と勇気」を象徴しています。つまり、赤を上に掲げるということは、平和を一時的に脇に置き、国民全員が勇気を持って戦う決意を固めるという、強烈な意思表示になるわけです。

平時は青が上、戦時は赤を上にして掲げるフィリピン独自の掲揚規則を説明するスライド

これは他国のように「逆さま=SOS(遭難)」という消極的な意味ではなく、能動的に「今、わが国は戦っている!」というステータスを示す装置として機能しています。

このルールは非常に厳格で、平和な時にうっかり赤を上にして掲揚してしまうと大変な問題になります。実際、2010年に当時のアメリカ大統領オバマ氏との会談の際、誤って逆さまのフィリピン国旗が掲示されてしまい、アメリカ政府が公式に謝罪するという事態も起きました。

フィリピンにとって、旗の向きは単なるデザインの問題ではなく、国家の平和が維持されているかどうかの重要なバロメーターなんですね。

(出典:Official Gazette of the Republic of the Philippines 『Republic Act No. 8491 (The Flag and Heraldic Code of the Philippines)』

エミリオ・アギナルドの独立宣言を巡る神話

フィリピン国旗の誕生を語る際、欠かせないのが初代大統領「エミリオ・アギナルド」です。1898年6月12日、彼がカヴィテ州カウィットにある自宅のバルコニーで、完成したばかりの国旗を掲げて独立を宣言したというエピソードは、フィリピン人なら誰もが知る国民的な神話です。

しかし、実はこの国旗、フィリピン国内ではなく香港で作られたという事実をご存知でしょうか。アギナルドの指示を受け、マルセラ・アゴンシロという女性とその娘たちが香港の自宅で手縫いで制作したものが、海を渡ってフィリピンに持ち込まれたのです。

898年の独立宣言時に掲げられた国旗が、香港に亡命していた女性たちの手によってシルクで縫われた歴史を示すスライド

近年では、バルコニーで旗を振ったというシーンの信憑性について歴史学者の間で議論されることもありますが、それでもなお、あの日あの場所に旗があったという事実は、フィリピンの独立を象徴する揺るぎないアイデンティティとして国民の心に深く刻まれています。

独立宣言にまつわるトリビア

  • 旗は上質なシルク素材で、香港のモリスン・ヒルで縫製された
  • 当時の独立宣言文には、アメリカの国旗(星条旗)への敬意を込めた配色についての言及もあった
  • 現在、6月12日は「独立記念日」として国中で盛大に祝われる

アメリカ統治下の12年間に及ぶ掲揚禁止の歴史

フィリピン国旗の歴史は、決して平坦なものではありませんでした。スペインからの独立を宣言したのも束の間、フィリピンは米比戦争を経てアメリカの統治下に置かれることになります。

この際、アメリカ政府はフィリピン人のナショナリズムを抑え込むために、ある過酷な法律を制定しました。それが、1907年に施行された「フラッグ・ロー(Flag Law:国旗法)」です。

この法律により、フィリピン国内で自国の国旗を掲げることはおろか、所持することさえも全面的に禁止されました。約12年もの間、フィリピンの人々は自分たちのアイデンティティである旗を公にすることができず、アメリカの星条旗を掲げることを強要されたのです。

1907年から12年間、アメリカの統治下で国旗の掲揚や所持が法律で禁止されていた歴史を説明するスライド

しかし、この抑圧の期間こそが、逆にフィリピン人の心の中に「奪われた旗への執着」と、独立への強い決意を再燃させることになりました。

1919年にこの法律が撤廃された際、フィリピン全土が歓喜に包まれ、至る所に旗が翻ったというエピソードは、この旗がいかに民衆の魂と直結していたかを物語っていますね。

サバ州やムスリムを巡る第9の光条などの変更議論

国旗のデザインは、今の時代でも常に議論の対象となっています。特に有名なのが、太陽の光(光条)を現在の「8本」から「9本」に増やすべきだという議論です。

これは、フィリピンが長年マレーシアと領有権を争っているボルネオ島北部の「サバ州」を、自分たちの領域としてより明確に認識しようという意図があります。

また、現在のデザインが主にカトリック教徒の革命軍に基づいているため、スペイン支配下でも独立を守り抜いたミンダナオ島のイスラム教徒(ムスリム)への配慮が足りないという指摘もあります。

彼らの歴史的な貢献を称えるために、太陽の一部を「三日月」のデザインに変えるべきだという提案も根強く存在しています。

こうした議論が今も続いているということは、フィリピン国旗が過去の思い出ではなく、現在進行形の社会課題や地政学的な状況と常に向き合っている「生きている象徴」であることを示しているなと思います。

サバ州を象徴する第9の光条の追加案や、イスラム教徒への敬意を表す三日月の意匠案を説明するスライド

フィリピンの国旗が似てる理由と歴史的背景のまとめ

ここまで見てきたように、フィリピンの国旗と似てるデザインが世界にあるのには、歴史的な深い連帯や、あるいは驚くべき偶然が隠されていました。

キューバとの革命的なつながり、チェコとの幾何学的な偶然、そしてアメリカ統治時代の受難に至るまで、この一枚の旗には語り尽くせないほどのドラマが詰まっています。

最後に、この記事のポイントを振り返ってみましょう。

フィリピンの国旗と似てる国があるのは、単なる見た目の問題ではなく、19世紀末の独立運動という歴史のうねりの中で生まれた必然でもありました。

そして、太陽の8つの光や3つの星、戦時に逆さまになるルールなど、その一つ一つのディテールが、フィリピンという国のアイデンティティを形成しているんです。

次に国際大会などでこの旗を見かけたら、ぜひその「向き」や「光の数」にも注目してみてください。きっと、今まで以上にフィリピンという国が身近に感じられるはずですよ。

青空に翻るフィリピン国旗の画像と共に、形を知ることは国家の魂を知ることであると結ぶスライド

歴史の解釈には諸説ある部分もありますが、この記事があなたの知的好奇心を満たす一助になれば嬉しいです。正確な最新情報や法的な詳細については、フィリピン政府の公式サイトなども併せて確認してみてくださいね。

 

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