
東南アジアの中でも特に平和で豊かな国として知られるブルネイですが、旅行を計画している皆さんの中には、厳しい法律や独自のルールについて不安を感じている方も多いのではないでしょうか。
イスラム教の教えが根付くこの国では、日本とは全く異なる文化や社会規範が存在します。治安は非常に良い一方で、服装や飲酒に関する規制、女性の旅におけるマナー、現地の移動手段や水事情など、知っておくべき注意点がいくつかあります。
この記事では、これからブルネイへ渡航する方がトラブルなく快適に過ごせるよう、現地のリアルな事情と具体的な対策をわかりやすく解説します。
記事のポイント
- 世界有数の治安の良さと背中合わせにある「シャリア刑法」のリスク
- お酒やタバコの持ち込みルール、喫煙に関する厳しい罰則
- 現地の文化を尊重した服装選びや、配車アプリDartを使った移動のコツ
- 金曜日の礼拝時間による都市機能停止など、スケジュールに影響する注意点
ブルネイ旅行で注意すべき治安と厳格な法律

ブルネイは「黄金の国」と呼ばれるほど豊かで穏やかな国ですが、その平和な日常の裏には、外国人旅行者も遵守しなければならない厳格なルールが存在します。
ここでは、一般的な防犯対策とは異なる次元で必要となる、法的・宗教的なリスク管理について詳しく解説していきます。
世界有数の治安の良さと潜在的リスク
まずお伝えしたいのは、ブルネイは世界でもトップクラスに治安が良い国だということです。
東南アジアの他の国々、たとえばタイやベトナム、フィリピンなどで警戒しなければならない「スリ」「ひったくり」「ぼったくりタクシー」といった街頭犯罪に遭遇する確率は極めて低いです。
夜間に女性が一人で首都バンダルスリブガワンの街中を歩いていても、身の危険を感じることはほとんどないと言っても過言ではありません。人々は穏やかで、親切心に溢れており、落とし物が戻ってくることもあるほどです。
一方、私たちが無意識に行ってしまう行動が、現地の法律や宗教的規範に抵触してしまうリスクに注意が必要です。物理的な身体の安全は確保されていますが、法的な安全は「知らなかった」では守れない厳しい側面があることを、まずは認識しておきましょう。
また、犯罪以外の物理的リスクとして意外と見落とされがちなのが「野犬」の存在です。ブルネイではイスラム教義上、犬を不浄な動物とみなすためペットとして飼育する家庭が少なく、結果として路上に野良犬が多く生息しています。
昼間は暑さで寝ていることが多いですが、夜間になると群れで行動し、縄張り意識から吠えかかってきたり追いかけてきたりすることがあります。治安が良いからと夜散歩を楽しむ際は、暗がりや野犬の群れには絶対に近づかないよう注意が必要です。
詐欺などのトラブルも皆無ではない
凶悪犯罪は少ないものの、SNSを通じたロマンス詐欺や投資詐欺などの事例はゼロではありません。また、観光地で親しげに話しかけてくる人物が、最終的に高額なツアーや商品を勧めてくるというケースも稀に報告されています。最低限の警戒心は持っておくのが良いでしょう。
シャリア刑法の適用と禁止事項

旅行者が最も警戒すべきなのが、2019年に完全施行されたシャリア刑法の存在です。
これはイスラム教の教義に基づく法律ですが、実はムスリムだけでなく、私たち外国人旅行者にも適用される条項が多く含まれています。「自分は仏教徒だから関係ない」あるいは「無宗教だから大丈夫」という考えはここでは通用しません。
具体的には、例えば不倫(既婚者が配偶者以外と性的関係を持つこと)や同性愛行為などは厳重な処罰の対象となります。国際的な人権団体からの批判を受けて、石打ちによる死刑などの極刑適用は現在一時停止中ですが、法律自体が撤回されたわけではありません。
また、非常に注意が必要なのが「不敬」や「宗教侮辱」に関する規定です。ブルネイにおいて、国王(スルタン)や王室を批判することはタブー中のタブーです。
これは口頭での会話だけでなく、FacebookやX(旧Twitter)、InstagramなどのSNS上の投稿も監視対象となる可能性があります。「王様の車列で渋滞して迷惑だ」といった軽い愚痴を投稿しただけでも、不敬罪として処罰される恐れがあるのです。
また、イスラム教の預言者やコーランを侮辱する行為も同様です。日本人がやりがちな「宗教的なシンボルをファッションとして軽々しく扱う」行為も誤解を招くため避けましょう。
さらに、他宗教の布教活動も厳しく制限されています。自分用の聖書を持ち込むことは許されていますが、それを公然と広げたり、現地の人に配布したりする行為は違法です。クリスマスなどの他宗教の行事を公共の場で祝うことも制限される場合があります(ホテル内や私的な空間であれば問題ありません)。
飲酒規制とアルコール持ち込みルール
お酒好きの方には辛いかもしれませんが、ブルネイは完全な「ドライ・カントリー(禁酒国)」です。
国内でのアルコール販売は一切禁止されており、コンビニやスーパーはもちろん、高級ホテルのレストランやバーであってもお酒を注文することはできません。メニューにある「Wine」や「Beer」という表記は、すべてノンアルコール飲料を指します。
「じゃあ一滴も飲めないの?」というと、そうではありません。非ムスリムの旅行者に限り、特例として海外からの持ち込みが認められています。ただし、これには非常に厳格なルールと手続きが存在し、一つでも間違えれば没収や罰金の対象となります。
まず、持ち込める量には厳密な上限があります。再入国のたびに適用されるため、一度出国して戻ってくれば再度持ち込めますが、一度に持ち込める量は以下の通り決まっています。
| 項目 | 詳細ルール |
|---|---|
| 対象者 | 17歳以上の非イスラム教徒(パスポートで確認されます) |
| 持ち込み制限(1回につき) | ボトル酒(ウイスキー・ワイン等)2本(合計2Lまで) かつ ビール 12缶(1缶330ml以下) |
| 必須手続き | 入国時に税関の「Red Channel(申告あり)」に進み、「酒類申告書」を記入・提出する。内容確認後、許可印が押された控えを受け取る。 この控えは「飲酒許可証」となるため、滞在中はお酒を飲み切るまで常に携帯する必要がある。 |
| 飲酒可能場所 | ホテルの自室など、公共の目につかない私的な空間のみ。 レストランへの持ち込みや、ホテルのバルコニーでの飲酒も基本的にはNGです。 |
入国時の手続きですが、到着ロビーに出る直前の税関エリアで、オレンジ色(または黄色)の申告用紙を探してください。見当たらない場合は係員に「Liquor Form, please」と言えばもらえます。嘘の申告や無申告が見つかると密輸扱いとなり大変なことになるので、正直に記入しましょう。
また、現地で絶対にやってはいけないのは、公共の場(ロビーやプールサイド含む)での飲酒です。たとえペットボトルに移し替えて飲んでいたとしても、匂いや酔っ払った挙動で通報されるリスクがあります。
さらに、現地のムスリムにお酒を勧めたり、プレゼントしたりすることは重大な違法行為です。「これ、日本のお土産です」と日本酒を渡すのは親切心であっても犯罪になってしまうので、絶対にやめましょう。
喫煙場所の制限とタバコの高額関税

愛煙家の方にとってもブルネイは非常に厳しい国です。まず、タバコの持ち込みには免税枠が一切ありません。つまり、1本目から課税対象となります。多くの国では「1カートン(200本)まで免税」などのルールがありますが、ブルネイでは適用されません。
課税額も非常に高額です。以前の情報では1本あたり0.25ブルネイドルでしたが、近年はさらに引き上げられ、1本あたり0.50ブルネイドル(約55円程度)等の高額な税率が適用されるケースも報告されています。仮に1箱20本入りを持ち込むと、それだけで1箱あたり1,000円以上の税金を払う計算になります。
空港で申告せずに持ち込もうとしてX線検査で見つかると、本来の税額に加えて高額な罰金(初犯でも数百ドル単位)を科される可能性があります。「バレないだろう」とスーツケースの奥底に隠しても、ブルネイの税関検査は非常に厳重ですので、必ず発見されると思ってください。
電子タバコ(Vape)はさらに厳しい
iQOSやGloなどの加熱式タバコ、およびVapeなどの電子タバコについては、持ち込み・使用ともに原則として禁止されています。見つかれば没収だけでなく罰金の対象となるリスクが高いため、持っていかないのが賢明です。
喫煙場所も限定的
無事に税金を払ってタバコを持ち込めたとしても、吸える場所は極めて限定されています。レストラン、ショップ、公共交通機関、政府庁舎はもちろん、建物の出入り口から6メートル以内のエリアはすべて禁煙です。「禁煙」のステッカーが貼られていない場所でも、屋根のある公共エリアはほぼ禁煙と考えた方が安全です。
違反者には初回で300ブルネイドル(約3万数千円)の罰金が即座に科されます。吸うならホテルの喫煙可能な部屋か、指定された喫煙所のみにしましょう。
男女の密会ハルワット等の法的リスク
これは日本では馴染みのない概念ですが、ブルネイには「Khalwat(ハルワット:密会罪)」というものがあります。
これは、結婚していない男女が閉ざされた空間(ホテルの部屋や車内、自宅など)に二人きりでいること自体を罪とするものです。「不純異性交遊の未遂」を罰するようなイメージでしょうか。
「ただ話をしていただけ」「仕事の打ち合わせをしていただけ」という言い訳は基本的に通用しません。特に相手がムスリムの場合は厳格に適用され、宗教警察による摘発の対象となります。
外国人旅行者同士のカップルであれば比較的寛容に見られる傾向はあり、チェックイン時に結婚証明書の提示を求められることは稀ですが、絶対安心とは言い切れません。
トラブルを避けるための対策
- ドアを開けておく: 異性の部屋を訪ねる必要がある場合は、ドアを全開にして「密室」ではない状態を保つ。
- 第三者を交える: 二人きりにならず、必ず友人など第三者を同席させる。
- 公共の場で会う: カフェやロビーなど、衆人環視の場所で会うようにする。
また、公共の場での過度なスキンシップ(フレンチキスや長い抱擁など)も、周囲のムスリムに強い不快感を与え、警察に通報されるリスクがあります。
手をつなぐ程度なら外国人観光客として大目に見られることが多いですが、公序良俗に反するようなイチャイチャ行為は慎むのがマナーであり、リスク管理でもあります。
ブルネイ旅行の注意点:服装や移動手段の対策

法律だけでなく、日々の過ごし方にもブルネイならではの作法があります。特に女性の服装や、独特な交通事情は、事前の準備が旅行の快適さを左右します。ここでは、現地で困らないための実用的な対策をご紹介します。
女性観光客が気をつけるべき服装規定
イスラム教国であるブルネイでは、肌の露出を控えた「慎み深い服装(Modest Fashion)」が求められます。街を歩く現地女性のほとんどはヒジャブ(頭を覆うスカーフ)を着用し、長袖長ズボンやロングスカートで肌を隠しています。
外国人観光客に対してヒジャブの着用義務はありませんが、過度な露出は避けるべきです。特に女性の場合、ミニスカートやショートパンツ、キャミソール、背中や胸元が大きく開いた服は、ショッピングモールやレストランなどの公共の場では避けるのが賢明です。
観光時の服装ガイドライン
- トップス: Tシャツ(半袖可)やブラウスでOK。ただし、お腹が見えるクロップド丈や、肩が完全に出るノースリーブは避けましょう。
- ボトムス: 足首まであるロングスカート、ワイドパンツ、ジーンズなどが無難です。
- 持参すべきアイテム: 薄手のストールやカーディガンは必須アイテムです。モスク見学時に髪を隠すのに使えるほか、ブルネイの室内(バスやショッピングモール)は冷房が強烈に効いているため、防寒対策としても役立ちます。
モスク(イスラム礼拝所)を見学する際は、さらに厳しいルールがあります。
有名な「オールドモスク」や「ニューモスク」では、観光客用の入り口で黒いローブ(アバヤ)を無料で貸し出してくれるため、服装を気にする必要はあまりありませんが、男性であっても膝が見える短パンだとローブの着用を求められます。
また、モスク内は土足厳禁ですので、脱ぎ履きしやすい靴で行くのがおすすめです。
移動手段Dartの利用とタクシー事情

ブルネイ旅行の最大の難関、それは「移動」です。この国は一人一台以上の自家用車所有率を誇る超車社会であり、公共交通機関があまり発達していません。
「流しのタクシー」を見つけることは、空港や一部の高級ホテルを除いてほぼ不可能と考えてください。道路で手を挙げても、止まってくれるタクシーはまず通りません。
そこで必須となるのが、ブルネイ版Uberとも言える配車アプリ「Dart(ダート)」です。東南アジアで一般的なGrabやUberはブルネイでは使えませんので、出発前に日本で必ずこのアプリをインストールし、初期登録(SMS認証が必要)を済ませておくことを強く推奨します。
Dart利用の具体的なステップと注意点
登録には電話番号認証(SMS)が必要です。日本の電話番号でも登録可能ですが、SMSが受信できる状態でないと登録完了できません。現地に着いてから「SMSが届かない!」と焦らないよう、日本にいる間に登録を済ませておきましょう。
支払いは、アプリ内でのクレジットカード決済か、降車時の現金払いが選べます。ただし、アプリのシステムエラーでカードが使えない場合や、ドライバーが「現金がいい」と言う場合に備えて、小額紙幣(1ドル、5ドル、10ドル札)を常に用意しておくことが重要です。ドライバーはお釣りを持っていないことが多いです。
また、ドライバーの数が圧倒的に少ないのが最大の弱点です。バンダルスリブガワンの中心部なら比較的捕まりやすいですが、郊外や夜間、雨天時、そして後述する金曜日の礼拝時間帯は全く捕まらないことがあります。
帰国時の空港移動など、絶対に遅れられない移動の際は、ホテルのフロントに頼んで送迎車を手配するか、前日からDartの予約機能(Scheduled Ride)を使って確保しておくことを強くおすすめします。
水道水は飲めるか等の水事情と衛生
ブルネイの水道水は、浄水場からの出口時点ではWHOの基準を満たしていると言われていますが、各家庭やホテルに届くまでの配管の老朽化や貯水タンクの管理状況により、蛇口から出る水が完全に安全とは言い切れません。実際、茶色く濁った水(錆び水)が出ることが稀にあります。
現地の方でも、飲み水にはボトルウォーターを購入している人が大半です。旅行者であればなおさら、水道水の直接の飲用は避け、ミネラルウォーターを購入するようにしましょう。
500mlのボトルが1本0.5〜1ブルネイドル程度と非常に安価で購入できます。歯磨きやうがい程度であれば水道水でも問題ない場合が多いですが、胃腸が弱い方や小さなお子様は、口に含む水もボトルウォーターを使った方が安心です。
氷と生野菜には注意
レストランで出される氷は、基本的には製氷業者が作った安全な氷(穴の空いた円筒形のものが多い)が使われていますが、屋台やローカルな食堂では扱いが雑な場合もあります。
心配な方は「No Ice, please」と伝えて冷えていない飲み物を頼みましょう。また、カットフルーツや生野菜も、水道水で洗われている可能性があるため、衛生状態が気になる店では火の通った料理を選ぶのが鉄則です。
金曜日の礼拝時間による都市機能停止

旅行のスケジュールを組む上で絶対に見落としてはいけないのが、毎週金曜日の12:00〜14:00という「空白の2時間」です。
この時間帯は、イスラム教徒の男性にとって最も重要な集団礼拝(Jumu'ah)が行われるため、法律によりすべての経済活動や商業活動の停止が義務付けられています。
つまり、レストラン、スーパー、コンビニ、ショッピングモール、オフィス、銀行、さらには博物館などの観光施設までもが一斉にシャッターを下ろして閉店します。
街からは人の姿が消え、ゴーストタウンのような静けさに包まれます。バスやタクシー、Dartのドライバーも礼拝に行くため、交通機関もほぼストップします。「お腹が空いたからどこかでランチを」と思っても、開いている店は一軒もありません。
この2時間は「ホテルでゆっくり休憩する時間」と割り切るのがベストです。午前中のうちにパンや軽食、飲み物を買い込んでおき、ホテルの部屋でランチを済ませましょう。
あるいは、一部のホテルのルームサービスは稼働している場合があるので、それを利用するのも手です。14時を過ぎると、礼拝を終えた人々が一斉に街に戻り、お店も再開して活気が戻ります。
ブルネイ旅行で注意することのまとめ
ブルネイは、黄金に輝くモスクの荘厳さ、熱帯雨林の豊かな自然、そして「平和の住処(ダルサラーム)」という国名の通り、温厚で親切な人々に出会える素晴らしい国です。
しかし、その魅力を安全に、そして最大限に楽しむためには、「郷に入れば郷に従え」の精神が不可欠です。最後に、今回の重要ポイントをチェックリストとしてまとめました。
- 法律: 王室批判・宗教侮辱はSNS含め絶対NG。
- お酒: 完全禁酒国。持ち込みは規定量・申告厳守で、部屋飲み限定。
- タバコ: 持ち込みは高額課税。禁煙エリアでの喫煙は罰金対象。
- 服装: 肌の露出は控えめに。観光時は羽織るものを一枚持参。
- 移動: 配車アプリ「Dart」の事前登録は必須。流しタクシーは期待しない。
- 時間: 金曜日の昼(12:00-14:00)はお店が閉まることを計算に入れる。
- 水: 飲み水は必ずボトルウォーターで。
少し窮屈に感じるルールもあるかもしれませんが、これらはブルネイという国の秩序と平和を守るための大切な基盤です。
私たち旅行者がその文化に敬意を払い、ルールを正しく理解して行動すれば、トラブルに巻き込まれることなく、他国では味わえない静寂で美しい時間を過ごすことができるはずです。ぜひ、準備を万端にして、素敵なブルネイの旅を楽しんできてくださいね!
※本記事の情報は執筆時点のものです。法律や規制、税率は予告なく変更される可能性があります。渡航前には必ず外務省の海外安全ホームページや在ブルネイ日本国大使館の公式サイト等で最新情報をご確認ください。